最新号

共同時空第107号(2022年2月号発行) Contents(ページ番号をクリックすると記事に飛びます)


1:『教育実践研究』─住吉高校 研究紀要に寄せて─(原えりか
2-3
:ふじだなの本棚からvol.10「ナゼ今、「共同時空」なのか?」(綿引光友)

2-3:新着案内

4面-1:学校図書館は今:通信制高校の学校図書館(長坂美紀)
4面-2:雑誌紹介:『季刊教育法NO.211』



1面

『教育実践研究』

─住吉高校 研究紀要に寄せて─

県立住吉高等学校 原えりか

『教育実践研究』
住吉高校には『教育実践研究』という、教員有志で作成している研究紀要がある。1月頃までに授業実践や研究内容についての原稿を有志が書き、3月に職員に配布される。2018年から始まったとりくみで、県民図書室にも創刊号が所蔵されている。これまでに収録された実践報告は、オンライン上で行った英会話指導の実録、様々な実在するジェットコースターを力学の観点から比較した論文、世界史を美術作品から読み解くレポート課題の実践、教員向けに行ったICT研修会の振り返り、校長の想いが表れている巻頭言など、多種多様だ。普段一緒に働いていても、ゆっくり話すことができなかった同僚たちの考え、専門性が伝わってきた。『教育実践研究』はとても自由な媒体だった。余裕がなく寄稿できなかった1年目を悔やんだ私は、今年「ICTを活用した授業実践」と題して、Googleのツールを利用した授業を記録した。いわゆる「多忙」で諦めてしまった1年目。今年もその状況は変わっていないが、『教育実践研究』に参加することで、「多忙」でも立ち止まって形にすることの大切さを改めて実感した。

「多忙」の中で記録に残したかったこと
本校の『教育実践研究』の存在にふれて、前任校の定時制での事例など、記録に残しておきたかったことが頭に浮かんできた。心療内科に通う外国につながる生徒、障害者手帳を取得してグループホームに入ろうとする生徒、障害者雇用の枠で就職しようとする生徒などに対する様々な支援だ。「異動前にまとめよう!」と思っていたが、定時制は3月末にかけて入試業務をやっている上、私自身4年生の担任で3月31日まで卒業生の進路支援をしていた関係で、結局異動前には何もできず、異動してからは現任校の仕事で時間が過ぎていってしまった。もしこのような紀要が何らかの形であったなら、支援の具体的な流れも形になっていたかもしれない。記録に残すことは、そもそも「形に遺したい」と思える教育活動をしているかを自分に問うきっかけにもなる。定時制と聞いて、「指導が大変そう」「異動したくない」と思う方もいるだろうが、(事実私も異動が決まった時は不安だった)定時制は、「行かなかったら、どうなっていたんだろう」と思うほど、私の教員人生にとって大きな転機であり、記憶にも記録にも遺したいものであり、今の自分はその経験によって動かされている。

「多忙」の波の中で
感染症対策、新学習指導要領、1人1台パソコン、単元計画作成。現場には絶えず「多忙」の波が押し寄せる。しかし、そんな中でも『教育実践研究』を書き続ける方もいる。その探究心を失わない姿勢は、多忙化に抗う姿勢でもある。もちろん多忙化は姿勢では解消されないし、教員のやる気に依存して今の多忙化が成り立っている。ただそんな教員たちを見て、私も「多忙」の中で自分の目標を見失わず、意欲を燃やしたいと思えた。自分で自分自身を奮い立たせる自家発電に多くの教員が疲れてしまう前に、多忙化解消をしていかなくてはならないとも。


(はら えりか)

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2-3面

ふじだなの本棚からvol.10

ナゼ今、「共同時空」なのか?

(※太字は県民図書室所蔵資料)

■ 「法人化」40年
「法人化」と書かれても、「えっ、それ何?」と反応する読者がほとんどだろう。高教組本部がある高校教育会館が完成して、来年(2023年)でちょうど築40年。同時に「法人化」40年、節目の年である。
1973年から始まった「100校計画」に伴い、旧会館のままでは「分代」など各種会議が開催困難となった。「丙午」の影響から、82年は「新設ゼロ」だったが、翌83年度には一挙に17校の増設が見込まれた。このことから、教育会館の建替えを82年度中に行わなくてはならなくなった(『共同時空』98号。以降、『時空』と略記。号数のみ記載)。
高教組は新会館の建設にあたり、82年末、県教委に財団法人の認可申請をし、83年3月24日、設立認可を取得した。そして同年4月、「神奈川における高等学校教育の振興に寄与する」ことを掲げた財団法人神奈川県高校教育会館(構成団体は退職者会、校長・教頭組合、高教組。2013年、「一般財団法人」に移行)が発足。理事長には退職者会〈80年結成〉会長で、元県教委委員長の石井透さんが就任した。
■ 教育会館はなぜ、半地下式なのか?
高校教育会館に入るには、9段の階段(4段ならば「4つや〈四谷〉怪談」だ!)を上らなくてはならない。正面奥が書記局。左手にある狭い階段を下に降りると、県民図書室・研究所、会議室などがある。さて、ここでクイズを1問、出してみる。

【問】会館はなぜ、半地下式構造になったのか?
A.地表の関東ローム層を削り、基礎工事を行ったたため。
B.建設地が道路面より低く、急傾斜地だった。
C.工事期間が短縮できるため。
D.周辺住民から日照権をめぐり抗議されたため。
※正解は文末 

信ずるところに向かい、ひたむきに
教育会館建設や財団法人化取得に尽力した小室実さんは、高教組委員長(78~82年)を退いた後、会館常務理事に就任。新しい教育会館の完成を誰よりも一番待ち焦がれていたが、その完成(83年)を見届けてから8カ月後の84年2月、急逝した。
小室元委員長は、新制高校の発足(48年)と同時に教師(理科・数学)となった。53年、24歳で書記長となり、以来29年、ずっと高教組の運動を牽引してきた(在職年数が34年なので、驚異的だ)。
財団法人の初代理事長石井透さんは、「彼の生涯は、信ずるところに向かって、ひたむきに生き続け、生命を燃焼しつくした一生であった」(『労働運動に捧げた生涯―小室実追悼文集―』85年刊)と記している。石井さんに続き2代目理事長となった添田徳積さんは、「高教組のために生まれてきたのではないか。そしてそのために命を縮めた」(13号)と書いている。
■ 『時空』創刊はいつ?
県民図書室の開室は84年、一般公開は翌85年4月だ。図書室は、80年発足の高校教育資料センターが掲げる「教育・労働関係の資料を収集・分類し、教職員及び一般県民に公開する」との役割を引き継ぎ、開設された(『神高教50年史』143-7頁)。県民資料センター設立から数えると、5年に及ぶ長い準備期間を経て、ようやく公開の日を迎えることができたのである。しかしながら、資料センターを立ち上げ、「戦後の労働運動を記録にとどめる拠点」にしようとの夢を描いた小室さんは、県民図書室の書架に並んだ書籍や史資料群を見ることはできなかった。
『時空』は図書室公開から6年後となる、91年7月に創刊された。「図書室と利用者との交流を深める場」にしようとの思いから、巻頭には図書室に関連した論考を掲載、続けて、図書・フィルム・スライド・ビデオなどを紹介する「新着資料」欄や「定期受け入れ雑誌」欄を設けた。「書評と紹介」欄では、資料選定委員が所蔵資料から1冊を選び、紹介記事を執筆するとの編集方針が立てられ、県民図書室長がその編集にあたった(『ねざす』8号、56-7頁)。
『時空』6号の2頁下段に、誌名の名付け親Oさん(資料選定委員)が書いた「解題」がある。長文かつ難解ゆえ、引用は困難と考え、省略した。
■ 心を揺さぶられた3つの巻頭文
巻頭文は読みやすく、お薦めである。直近の101号~107号〈Web版で読める〉では、現場で奮闘する女性が執筆、内容も多彩で元気をもらえる。
以下、バックナンバーから、筆者が感動・感涙した巻頭文(Web版なし)を紹介したい。
創刊以来、巻頭文にはしばしば高教組執行部の面々が登場した。しかし、文末をみればわかるが、いずれも会館理事や評議員となっている。今もそうだが、『時空』は高教組の刊行物ではないからである。
Fさんの「とし子のこと」(32号)。高1の女生徒が家庭の事情から働かざるをえなくなり、学校を去ることに。担任として初めて受け取る退学届。「勉強しないとS高校しか行けないぞ!」と言われた、北海道のS高校での青年教師物語に泣きそうだった。
次は、Nさんの「濫読のころ―寺山修司の短歌によせて―」(40号)は秀逸。孤独の中で読書や詩作の世界へのめり込み、上京後、文学を学ぶために挑戦を始める。そして寺山作品と出合う。授業で寺山作品を教材とし、「明日という語」の意味を高校生に伝えようと試みるが、うまくいかない。寺山短歌に自身の過去を重ねた名文。感動し、思わず涙腺が…。
最後は、Kさん執筆の「転機のきっかけ『腕立て伏せ30回』」(47号)。ある高校教師から言われた「腕立て伏せ30回」を毎日実践。これがKさんにとって人生の大転機をもたらした。教師のひとことが生徒を変える好例だが、教師として何気なく発することばのありようについて、考えさせられた。
■ 『時空』の大変身
『時空』98号よりB5判4頁、印刷も外注せず、会館内で行っている。加えて、同年発足の資料整理委員会が室長に代わり編集実務を担うことになった。
101号からはFさんが委員会に加わり、デザインを一新、判型もA4に。おかげで「読んでみようかな?」と感じるような誌面へと大変身を遂げた。
県民図書室には「小さいけれど『最強』の図書館」(101号)との賛辞や期待(93号)が寄せられている。また、「県民図書室を戦後教育史研究の拠点に」(100号)とのエールも頂いた。たった1枚の情報誌だが、期待や励ましに応え、現場の目線にも合わせた『時空』をどのようにして作ればよいのか。今こそ、「豊饒な叡知」(6号の「解題」より)を結集して、『共同時空』のこれからについて、考える時ではないだろうか。
※【クイズの正解】C(詳細は『時空』34号巻頭参照)


|文責 綿引光友|

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『じぶんで考えじぶんで話せる こどもを育てる哲学レッスン増補版』河野哲也著,2021,河出書房新社
 幼稚園から高校まで長年「哲学対話」の実践を重ねている立教大学教授による「対話教育」の基本図書。
『著作権ハンドブック:先生、勝手にコピーしちゃダメ』 宮武久佳・大塚大著,2021,東京書籍
学校のデジタル学習の環境が整備されつつある今、教育に携わる人たちにも必要不可欠な著作権の知識。映像等を含め「学校その他の教育機関における複製等(第35条)」についてQ&A形式で具体的に解説。
『教育DXで「未来の教室」をつくろう』浅野大介(現役経済産業省官僚)著,2021,学陽書房
『GIGAスクール構想で進化する学校、取り残される学校』平井聡一郎編,2021,教育開発研究所
上記2冊はGIGAスクール構想を積極的に推進する視点で書かれた本。
※その他 以下の新着資料があります。
レイシズムとは何か』『日本型ヘイトスピーチとは何か』梁英聖[県教研2021全体会講師]著/『デジタル・ファシズム 日本の資産と主権が消える』堤未果(国際ジャーナリスト)著/『教育論の新常識』松岡亮二(早大・教育社会学者)編著/『本当の貧困の話をしよう 未来を変える方程式』石井光太(作家)著


4-1面

通信制高校の学校図書館

長坂美紀

横浜修悠館高校は、全国でも珍しい単位制通信制独立校。年齢も環境も様々な生徒が必要な科目を選択して、スクーリングに通いながら単位を修得し、卒業を目指している。図書館は旧和泉高校から約3万冊の蔵書と施設を引きつぎ、生徒が登校するスクーリング・テスト期間は毎日開館している。昨年度の延べ利用者はコロナ禍下でも1.3万人を超える。生徒は読むことに抵抗が少ない傾向があり、自学のほか、読書する姿もよく見受けられる。貸出は、読み物・レポート関連以外では、学びなおしのためのテキスト、心の問題、障害の問題、また、いかに生きるべきかという内容の本が多い特徴がある。

学校司書は「おはようございます」「こんにちは」「さよなら」「気を付けてね」など声かけをする。生徒は返事をしてくれたり、怪訝そうな顔をしたり、自分とは思わず気づかなかったり、最初はびっくり、徐々に反応するようになったり……。その中に最初は固まっていたけれど、だんだん表情が緩んできて最後は小さく会釈してくれるようになった人がいた。卒業式の日にわざわざ図書館に来て「声をかけてくれてありがとうございました。うれしかったです……」とそっと話しかけてくれた。特別な何かをしたわけではないので逆にびっくり。「こちらこそありがとう。体に気を付けてね」と言うと生真面目にうなずいた。

学校は勉強をする場だけれど、特別ではない小さなやり取りが大切な場でもあるのだなあ。ささやかなやり取りを重ねて、社会に一歩踏み出すことができたら、自分から「おはようございます」と言えるようになるのだろうか。義務制から不登校気味で、学力不足、集団に馴染めない、人とコミュニケーションをとることに不安があるなど、困難さを持つ生徒が通信制には多い。ゆえに、ひとりで悩んだり考えることが多くなるが、他者と話したり意見交換をする場を必要としているのは他の高校生と変わりはない。その支援をし、生徒の成長に資する活動も他校同様、通信制高校図書館の役割の一つである。考え、対話することを高校時代に体験して、今後に生かす。これは図書館のみならず教育の原点ではないか。昨今、自分のいらだちに他者を巻き込む痛ましいできごとが目につくが、それは、そこに行きつく前の処世術とならないだろうか。教育を担うという大切な役割を分かち合える場として学校図書館は存在することを、ともに働くみなさんに、あらためて伝えたい。

  (ながさか みき 県立横浜修悠館高等学校)

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4-2面

雑誌紹介:『季刊教育法NO.211』

エイデル研究所/2021.12

『季刊教育法』が、大阪の「黒染め訴訟」をとり上げている(210号にも関連する論文がある)。
裁判では生徒側(原告)が、自分の地毛は茶色だと主張していたが、裁判所はそれを認めなかった。そのうえで、頭髪に関する当該学校のルールは、社会通念に反していないとして学校の裁量の範囲だと判断した。2論文が指摘しているように「学校の裁量の範囲だ」という判断は校則についての司法判断の常とう句である。
教育法学がいかに理論を精緻に構築してもこの壁は破れないのではないだろうか。破ることができるのは実際に指導に当たっている現場だと思う。指導の実態とそれに基づいた主張だけがこの壁を乗り越える方法になりうるのではないか。
当該生徒の地毛が茶色なら、黒く染めろという指導は髪の毛というその人間と切りはなせない属性を変えよということになり、人権侵害である。また、学校に裁量があるというのなら、学校の責任は重い。学校は自らに認められた裁量を活かして「参加」「主権者教育」などといった新指導要領のキーワードを実現することができるだろうか。

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『共同時空』第107号(2022年2月発行) 神奈川県高等学校教育会館県民図書室 cropped-sitelogo-1.gif

発行人:畠山幸子
編集:永田裕之
印刷:神奈川県高等学校教育会館
デザイン:冨貴大介
発行:神奈川県高等学校教育会館県民図書室

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