第96号

相対的貧困と子ども~貧困の連鎖と社会の責任~
佐々木克己

 貧困問題を議論するときには「絶対的貧困」と「相対的貧困」をきちんと区別して考える必要があります。この2つを区別しておかないと貧困問題を正しく理解することができません。
 絶対的貧困・・・人間として最低限の生活をも営むことができないような状態である。食料・衣服・衛生・住居について最低限の要求基準により定義される。社会の所得分布によっては左右されない概念である。
 相対的貧困・・・OECDでは等価可処分所得の中央値の半分に満たない世帯員の状態を相対的貧困層としている。所得分布の中央値の半分を下回っている状態である。
 それでは日本における相対的貧困率はどうなっているのでしょうか。2012年の相対的貧困率は16.1%、子どもの相対的貧困率(17歳以下)は16.3%となっています。16.3%という数字はおよそ
6人に1人という割合です。
 しかし、この6人に1人の子どもが貧困であるという日本の相対的貧困の実態を、多くの国民が感じていません。多くの国民は「日本には貧困問題は存在しない」と意識しているけれども、実際には「周りの子どもにとっては当たり前のことが、自分には当たり前ではない」と思いながら過ごしている子どもが、6人に1人の割合でいるということです。
 このような現代日本での子どもの貧困状態の様子が「子どもの貧困連鎖」という本にまとめられています。これは、共同通信社が配信した長期連載企画「ルポ 子どもの貧困」を基に作成されたものです。
 内閣府の統計によれば、子どもの相対的貧困率は1990年代半ば頃から上昇傾向にあり,子どもたちはこうした貧困状態の中で、本来子どもの持っている夢や希望を奪い去られ、日々の生活に追いやられています。
 「普通の生活」が、離婚・病気・両親の死亡・解雇などによって奪われていきます。その中で高校生や中学生などの子どもから「夢」や「希望」が奪われていきます。
 経済不況の中で親の仕事がうまくゆかなくなる家庭があります。そこでは、高校生が日々の生活費を得るためにアルバイトをしています。社会の経済不況と格差の拡大は、若者から希望と夢と将来を奪っていきます。そして日本社会は、高校生のこのようなアルバイトという勤務形態を求めている社会になってきています。ファストフード店、コンビニ、ファミレスなど高校生や大学生のアルバイト無しには成立できないような店舗が生まれています。
 定時制高校では統廃合が進められてきています。そのため、通学の交通費が増え登校に支障が生じているケースが見られるようになりました。高校無償化制度が導入され、その後就学支援金制度となっています。しかし、実際の学校教育には授業料以外にもPTA会費、教科書代など様々な形で費用負担が生じています。国がもっと教育に予算を投入することが必要です。GDP比で比較すると、OECD諸国の中で日本の教育予算は最下位となっています。所得税の累進性を高めたり、相続税を大幅に引き上げたりする中で、富裕層から富の再分配をはかることが重要になっています。
 「貧困の連鎖」という言葉があります。親の貧困が家庭の教育力の低下につながり、子どもの低学力が子ども世代の家庭の貧困に結びついていく現象を表しています。
 大阪の公立中学校の話。就学援助の生徒が8割を超えるという厳しい環境の中で、担任が丹念に家庭訪問を繰り返しています。給食費が払えない家庭に対して、就学援助の対象とするために担任が保護者に申請書類を整えてもらえるように支援に行き、家庭の破綻を食い止めようとするとりくみが報告されています。母子生活支援施設に入所させ、その間に生活保護を申請し、何とか自立的な生活ができるように中学校の教員グループがとりくんでいます。
 こうした学校の内外を通じたとりくみの中で何とか子どもの生活を維持させようと教員が必死に働きかけをすすめています。関西の同和教育の伝統が活きていると思えるような学校の取り組みです。この本の中でも特別な学校での教育実践とあります。ただ、ここまで取り組まないと救えない子どもの厳しい生活実態があり、学校が地域と一体となって生徒の家庭の破綻に立ち向かっています。家庭訪問をして、片付けられない親に代わって台所の片付けを2時間半やっている。発達障害をかかえる母子家庭への支援のひとこまです。確かに特別な事例ではあるけど、そのような家庭であってもキチンと生活できる社会であってほしいと思います。
 非正規雇用が社会に急速に拡大しワーキングプアが増大しました。ワーキングプアと呼ばれる人たちにも家庭があり、そこの子どもたちは希望を奪われていきます。ここの中学校の実践は特別な例かもしれませんが、これからの社会のなかでの先駆的実践事例になっていくのかもしれません。
 子どもの貧困という現実を認識し、子どもが意欲を失わずにすむ社会とすることが今求められています。子どもの貧困は親の責任に帰すべきではありません。子どもの貧困は親の勤務のあり方・雇用のあり方が引き起こしている問題であり、社会の抱えている矛盾が一番弱い子どもに現れてきているのです。相対的貧困の拡大は、政治が主体となって解決しなければなりません。
(高校教育会館事務局長)


学校図書館は、今・・・再会
石澤伊久美

 「こころのやさしいおにのうちです。どなたでもおいでください。おいしいおかしもございます。おちゃもわかしてございます。(略)」※1
 今から5年前の2月。小学校図書館に非常勤職員として勤務していた私は、6年生の学習発表会で行われた『ないたあかおに』の劇を観賞していました。
 当時、たいていの学校イベントは、そっと陰から応援する「としょのせんせい」であった私も、この日ばかりは図書館を施錠し、一目散に体育館へと向かいました。なぜならこの日は、やんちゃで元気、ああ言えばこう言う、校内でも有名な「やんちゃ坊主君」が、大抜擢で青鬼役をすると聞きつけたからです。「これは絶対に見なくては!」
 彼らも遂に最終学年の6年生。私が着任した時は、絵本のひらがなを追うことも精一杯だったあの子達。貸出カードに自分で書いた本のタイトルは、ほとんどひらがな。たまにカタカナがあると思ったら「ゾロリ」だものね。可愛かったな。
 照明に照らされる「やんちゃ坊主君」の青鬼役に色々な意味で泣かされ、他の役の子たちの熱演に感動した寒いはずの体育館。なんだかとっても暖かかい。
 「もうすぐ中学生だね、寂しいな。」
 それからわずか3週間後。日本列島を震撼させるような大きな災害が起きました。
 あの時、発表会の舞台に立っていた子たちは、数日後に迫った卒業式に全員が揃って参列することができなくなってしまったのです。保護者の母国に緊急帰国した子をはじめ、親戚のうちに行ってしまった子たちも何人かいました。
 暗くて寒い体育館では、計画停電予定日であるその日に参列することができた卒業生が、外套に手袋をした姿で、卒業証書を練習通りにきちんと受け取っていました。こんな形でお別れだなんて。でも、さすが6年生。本当に立派な旅立ちでした。
 ここで私の中では、彼らとはお別れのはずでした。中学校へ進学するやんちゃ坊主君たち。小学校図書館を離れて、県立高校図書館に転職する私。
 「さようなら、元気でね。」

 2016年6月1日。勤務先である藤沢総合高校の体育祭。本部席にいる私の目の前にいるのは、「青組の応援団幹部」の「やんちゃ坊主だった青鬼」でした。
 青鬼が応援合戦でサングラスをかけて、イカしたダンスを踊っています。んー、あの時の方がキレが良かったかな。そして、もう泣けてはこないよ。でも、あの時の先生たちにこの姿をみせてあげたいな。ちょっと得した気分。「ニヤリ」といった感じかしら。そして、そこにいたのは青鬼だけではありません。
 「オススメの本を教えて!」と人懐っこく話しかけてくれた、図書館のロアルド・ダールを制覇した子も、本はあまり読まなかったけれども、図書館常連だったあの子もいます。
 ロアルド・ダールを制覇した子は、初めて図書館に入った時に「小学校の時に読んだ本が、あまりに多い」と私の存在を思い出したそう。常連さんは高校に入学して慣れるまでは、再び図書館の常連さんになりました。
 ここで偶然再会できるとは、お互いに全く予想すらしていませんでした。学校図書館司書って、なんて素敵な仕事なのでしょう!多くの児童と濃く関わったあの日々を、この仕事を続けていた私に、どこかの誰かがもう一度プレゼントしてくれたのだと思っています。ありがとうございます。
 でも、今度こそお別れだね。今度は明るくて、少し暖かい体育館で待ってるよ。
 「(略)ながいたび、とおいたび、けれども、ぼくは、どこにいようと、きみをおもっているでしょう。きみのだいじなしあわせを いつも いのっているでしょう。(略)」※2
※引用文献 はまだひろすけ 『ないた あかおに』 1965偕成社 4画面 15画面
(藤沢総合高校)


書評と紹介

東田直樹著
「自閉症の僕が跳びはねる理由」
角川文庫 2016年6月刊

 私がこの本に出会ったきっかけは、偶然見ていたテレビ番組「君が僕の息子について教えてくれたこと」からである。この番組から、日本の自閉症の若者が書いた「自閉症の僕が跳びはねる理由」という本が、世界20カ国以上で翻訳され、ベストセラーになっていることをはじめて知った。その英語版を翻訳した作家デイヴッド・ミッチェル氏は、本を読んだ時、自閉症である息子が自分に語りかけているように感じたと話をしていた。そして、この本が自閉症の子どもを持つ世界中の家族に希望を与えているということだった。
 著者の東田直樹氏は会話のできない重度の自閉症である。しかし、人として生きていくためには、自分の意思を人に伝えることが何より大切だと思い、家族と一緒に長い時間をかけ、何度も挫折を繰り返しながら、パソコンや文字盤ポインティングによりコミュニケーション方法を手に入れた。そして、13歳の時に本書を執筆した。
 本書は、「言葉」「対人関係」「感覚の違い」「興味・関心」「活動」の各章と短編小説等から構成され、質問に答える形で自閉症の内面を分かりやすい言葉で伝えている。自閉症の全てに当てはまるわけではないと思うが、「こういう気持ちを抱えながら、こういう行動を取っているのかな…」という支援につながるヒントを与えてくれる。例えば、「対人関係について」の章の中に「みんなといるよりひとりが好きなのですか?」という質問がある。それに対して、「人として生まれてきたのに、ひとりぼっちが好きな人がいるなんて、僕には信じられません。僕たちは気にしているのです。自分のせいで他人に迷惑をかけていないか、いやな気持ちにさせていないか、そのために人といるのが辛くなって、ついひとりになろうとするのです。僕たちだって、みんなと一緒がいいのです。」と答えている。いつもひとりでいる姿を見ていれば、「ひとりが好きだから、ひとりでいるのだろう。」と行動を見て勝手に判断してしまう。しかし、この本を読むと、「本当はみんなと一緒にいたいと思っているけど、うまく対応できないのかもしれない。」という考えを持つことができ、ストレスがかからずに、みんなと一緒にいられる支援の方法を検討してみようという思いが生まれる。
 著者は「はじめに」で、「自閉症の子供の多くは、自分の気持ちを表現する手段を持たないのです。ですから、ご両親でさえも、自分のお子さんが、何を考えているか全く分からないことも多いと聞いています。自閉症の心の中を僕なりに説明することで、少しでもみんなの助けになることができたら僕は幸せです。(中略)人は見かけだけでは分かりません。中身を知れば、その人ともっと仲良くなれると思います。自閉の世界は、みんなから見れば謎だらけです。少しだけ、僕の言葉に耳を傾けてくださいませんか。」と読者にメッセージを送っている。自分と同じように苦しんでいる自閉症の方のために役に立ちたい。そして自分のことを知ってもらい、みんなと仲良くなりたいという想いがつまっている。
 保健室には様々な生徒が来室する。この本を読んで、目に見える部分だけでなく、内面にも目を向けて対応しなければいけないと改めて感じた。そして、生徒が自分自身を受け入れ、他者との違いを尊重できる関係を築けるよう支援していくことの大切さも痛感した。
 最後に、本書には続編「自閉症の僕が跳びはねる理由2」がある。成長して高校生になった著者の思いが綴られている。こちらも是非読んでいただきたい。
(小田原城北工業高校 養護教諭 原由美子)

川島敏郎 著
「相州大山信仰の底流―通史・縁起・霊験譚・旅日記などを介して―」
山川出版社 2016年1月刊

 本書は、著者が神奈川県の高校教員となって以来、地道に研究を続けてきた成果を、相州大山信仰の通史・全体史としてまとめあげた一冊である。33年という長きに渡る研究実績に裏打ちされた豊富な史料と著者の明快な著述が、読者を古代より連綿と続く大山信仰との邂逅へ誘ってくれる。従来大山信仰の研究は、各市町村史や郷土史家によって進められ、また一部道中日記を用いた分析が試みられる程度であった。今回このように大山信仰が通史としてはもちろん、御師(社寺への参詣者を案内し、参拝や宿泊などの世話をする者たち)関係史料や古川柳、地元史料、縁起、霊験譚、旅案内記、旅日記など多角的な諸資料から明らかにされた意義は非常に大きい。本書の刊行は地元神奈川県のみならず、山岳修験研究や歴史学研究にも多大な恩恵をもたらそう。本書の構成を示すと次の通りである(紙幅の都合上、各章については省略する)。
 はじめに/第Ⅰ編 大山通史/第Ⅱ編 大山論考/第Ⅲ編 大山寺の縁起と霊験譚/第Ⅳ編 江戸時代後期の庶民の物見遊山/あとがき/大山関係の参考文献一覧/初出一覧/写真所蔵・提供者一覧/大山関係略年譜
 第Ⅰ編では、原始~昭和期にいたる大山の歴史を通史的に明らかにする。特に明治維新期における大山山内での、寺院経営を主体的に担う一二坊と大山門前町に居住する御師との激しい対抗関係を、維新期特有の複雑な政治情勢に絡めて詳述する。関東大震災と大山の被災状況に関しても初見史料からその経過を丁寧に追っている。
 第Ⅱ編では、御師と檀家との関係や、江戸時代の大山に関する川柳の紹介、在地の古文書から明らかにされた石造大山二ノ鳥居の建立過程、また緻密な踏査活動による大山道標の調査結果と大山門前町の名所案内、大山小学校に残された「青い目の人形」の紹介、そして大山関係資料の現状と著者独自のそれらの活用方法が展望されている。
 第Ⅲ編では、従来一部の誤読や難解な仏教用語によって内容理解が阻まれてきた『大山寺縁起絵巻』の釈文全文と註・本文訳・考察が載せられている。また、心蔵著『大山不動霊験記』の刊行背景やその内容、一部の霊験譚が取り上げられている。両者とも大山信仰研究の根幹を成す史料であり、それが本格的に分析・解明された意義は大きい。本書では、絵巻それ自体や霊験譚の全体は載せられていないが、今後「カラーの絵巻として一般人の目に触れられるように」(140頁)したり、「他の史料とともに、「大山・日向アーカイブズ」(仮称)として一般に公開」(3頁)されたりすることを著者自身が望んでいるように、そうした環境整備が切に願われる。本書とともに、是非実物や全文を見てみたい。
 第Ⅳ編では、近世の大山参詣に関した旅案内記3点と旅日記3点が釈文・註・解題とともに紹介されている。要約ではなく全文が記載されているため、非常に読み応えがある。
 以上、本書の紹介を縷々述べてきたが、到底すべての内容を網羅できたわけではない。それほどまで、本書には「伊勢原の古文書を読む会」や「大山公民館夏季講座」の中で、伊勢原市教育委員会や市民の方々と紡いできた結晶が散りばめられている。現在高校教員が地域史研究から一歩離れ、その役割が変質していこうとする中で、本書は上梓された。私は、高校教員たるものかくありたいと思う。実証的な史料に基づいた大山研究の羅針盤ともいえる本書を、是非手にとってご一読いただいたい。
(秦野曽屋高校 桐生海正)


映画時評映画時評
『夕凪の街桜の国』を観て―私の広島の記憶

 二部作の前編の「夕凪の街」は1958年の広島市内の生き残った人々や疎開から戻ってきた人々がバラックを建て住んでいた「原爆スラム」(皮肉なことに江戸期には武家屋敷、明治に入ると軍都広島の中心地、のち再開発され高層アパート群となった)を舞台にして、被ばくしても生き延びた女性皆実(みなみ)の13年後26歳の頃の物語である。原作はこうの史代による漫画『夕凪の街 桜の国』(ゆうなぎのまち さくらのくに)。実母フジミや疎開した弟旭(あさひ)との交流とともに、職場の同僚とのはかない恋。被爆時のフラッシュバックに襲われ、かつ原爆症に蝕まれ、時に死に至るという当時の多くの広島市民を襲ったリアリティーを映し出している。

後編「桜の国」の舞台は2007年東京。主人公は被爆2世の女性七波(ななみ)。その父親は旭(あさひ)、前編「夕凪の街」の主人公の皆実(みなみ)の弟である。疎開によって被ばくを免れていた。彼は疎開先で養子に入ったが、故郷広島へ進学し、被ばくした女性と出会い恋に落ち、母の反対を押して結婚し東京に移り住んだ。その夫婦に七波(ななみ)らがうまれた。旭は、七波達が大人になり自らも退職したことで、母のフジミや姉の皆実とその恋人の面影を求め広島に向かう。そんな旭の不審な行動に気づいた娘七波は父を尾行し、広島市内を父の後をつけてめぐり、語られていなかった3世代にわたるファミリー・ヒストリーを知っていくというものである。
 『夕凪の街 桜の国』は、1945年の原爆投下直後のある家族、1958年のある家族、そして2007年のある家族が、62年の間語られていなかったが、『おだやかな日常』の陰に心の内にひめる「忘れたいが忘れてほしくない伝えたい事」を伝え、トラウマを超えて新しい世代を切り拓いていく様を描いた秀作である。 ところで私にとっての広島の記憶は、原爆の「きの子雲」の映像、新書『ヒロシマ・ノート』、修学旅行で生徒とともに訪れた「広島平和記念資料館」だけではない。ほかにも強烈な記憶がある。それは1960年代私がまだ小学生の頃であったと思うが私が住んでいた長野県の片田舎でも『原爆フィルム』が上映されていた。焦土と化した広島市内や被爆した人々の焼けただれた皮膚や、死者の山が川を覆う目をそむけたくなる光景が延々と映し出されていた。嫌に赤と黒がきついカラーフィルムであった気がする。大人も子供も無言でじっと見入っていた。逃げ出したくなる暗い部屋であった。
 もう一つある。1979年に、横浜市立大学の山極晃教授がアメリカの国立公文書館でマンハッタン計画の機密文書を解読し、そこに原爆投下候補地として横浜市が挙げられていることを発見した。悲惨な「横浜大空襲」は原爆投下の代替であったということのようだ。(研究によればこの空襲は焼夷弾攻撃の実験であったとされる)原子爆弾は私たちの頭上で試された可能性もあったのである。
 さて2009年4月バラク・オバマによってプラハで「核なき世界を目指す」ビジョンが表明され、のちにノーベル平和賞を受賞した。彼の「プラハの春」を想起させる演説中に、北朝鮮によるミサイル発射実験が行われたとのニュースが舞い込み衝撃が走ったことは記憶に新しい。また、今年5月にはG7伊勢志摩サミットの際に「広島平和記念資料館」を訪れ、長年にわたり苦しんできた被爆者を抱き寄せる場面も強烈な記憶である。オバマの「核なき世界」が継承されるのか。『夕凪の街 桜の国』を観て、私たちには、広島、長崎の記憶を伝えていく義務があると改めて思う。
(金沢総合高等学校 村田耕作)


66,221名のAlma Mater(母校)外語短大付属高校

 地下鉄弘明寺駅の出口の先から、外語短大行きのミニバスが出ている。乗ってしまえば5分あまりで小高い丘に登り、反時計回りに一周してまた弘明寺に戻る。かつて短大と付属高校のあった場所は今や住宅地と化した。東側の木立に体育館と短大図書館がわずかに昔の姿をとどめている。バス停の掲示がなければ学校がかつてここにあったとは誰も思わない。
 外語短大付属高校の前身貿易外語高校は、1965年、初代校長の「学校らしくない学校を作る」というユニークな教育方針のもとに開校した。校則のない自由な校風の中、自主自律をモットーとし、英語教育に力を入れるとともに仏語西語の第二外国語まで必修とした。国際理解教育と高い語学教育を求めて県内様々な地域から英語を得意とする生徒が集まった。海外帰国生徒枠があり、外国生活経験者が4分の1ぐらいいた。ネイティブの先生の数も15人を超えていた。米豪仏独中との姉妹校交流も訪問・受け入れを繰り返していた。
 2004年10月、教育委員会から外語高校は後期再編対象校であるとの発表があった。生徒にも保護者にも教職員にもまさに青天の霹靂であった。何年も前から「特色ある高校づくり」が叫ばれる中、創立以来、他校にはない輝く個性を持つ学校が別の学校と統合することなどありうるのであろうか。しばらくは動揺が広がったが、後ろ向きの姿勢はやめようという声が徐々に広がった。外語の特色・スピリットを新校にできるだけ引き継ぐべきだ。
 「なにしろ、主要一教科の学校ですからね。」ベテランの数学の先生のダミ声が職員室に響く。英語ばかりに力を入れる生徒全般を嘆く声だ。「理系の進学は厳しいんじゃない。だって物理は開講されていないでしょ。」確かに外語の教育課程には物理はなかった。もっと理系のウィングを広げて、更に今までの語学教育国際教育を充実させることはできないか。
 03年から文科省から指定されていたSELHiの研究調査が、外語の今までの教育課程を検証するうえで大いに力を発揮した。外語39期生を対象に、英語の読む・書く・話す・聞くの4つのスキルを3年間追跡調査し、できるだけ数字化して客観性を追求した。「外語は開校以来SELHiをやってきたようなものですよ。」と文科省の担当者から言われた。
 08年、京急線で線対称の位置、旧六ッ川高校の地に横浜国際高校は開校した。幸い、外語の語学の科目の大部分が新校に引き継がれた。プロジェクトリサーチ(課題研究)やDR(その英語版)が総合的な学習の時間として残された。独自入試や学力向上進学重点校、さらにはSELHiの2期目までもが新校に引き継がれた。1年生の英語合宿も夏季休業中のサマープログラムも行われている。しかし、外語のあった元の岡村には、シンボルツリーだったアケボノスギもアメリカの姉妹校から贈られたハナミズキも、切り倒され、今はもうない。
(1993年4月~2008年3月在勤 笠原博明)


県民図書室購読雑誌紹介

1,「教育」  かもがわ出版 月1回刊行
 「教育」は1951年に「日本の教育の良心」を特集し創刊(復刊)して以来、時代と教育の根本的で切実なテーマと正面から向きあい、実践と教育をつなぎ教育への信頼と希望を紡ぐ総合雑誌である。今の過酷な教育現場と危険な「教育改革」の下での学びをつくる雑誌であり、子どもと生きる教師の魅力を探る雑誌である。
2,「子どもの権利研究」  日本評論社 年1回刊行
 子どもの健全育成を図る活動と、人権の擁護又は平和の推進を図る活動を目的とする子どもの権利条約総合研究所が、発行している。子どもの権利・人権に関する調査・研究、子どもの権利条約に関する情報・資料をまとめて、1年に1回刊行している。
3,「POSSE」  NPO法人POSSE 年4回季刊刊行
 POSSEとはラテン語で「力をもつ」という意味で英語ではスラングで「仲間」という意味である。雑誌「POSSE」はボランティアが携わって製作する「新世代のための雇用問題総合誌」であり、情勢にあわせた政策提言することを目的としており、雇用問題の議論における座標軸となる雑誌をめざしている。
4,「教育学研究」  日本教育学会 年4回刊行
 「教育学研究」は日本教育学会の機関誌である。「教育学研究」は、日本教育学会員の研究論文、研究ノート、書評、図書紹介、資料紹介、その他会員の研究活動および学会ならびに本学会の動向等に関連する記事を掲載している。日本教育学会は教育や教育学にかかわる研究領域を対象とする日本国内で最大規模の学会である。
5,「人間と教育」  旬報社 年4回刊行
 「私たち教師に求められているのは、社会運動を若者や市民とともに民主主義を学び合い、主権者として育ち合う公共空間として捉え、その教育的意義に光をあてるとともに日々の実践へとつなげていくことでないだろうか。」といった視点で編集されている。
6,不登校新聞(旧Fonte)  全国不登校新聞社 年2回刊行
 1998年に日本で初めて創刊した不登校の情報・交流誌。不登校を原点としながら、広く子どもに関わる問題や社会のあり方について考えたいという市民らで創刊した。創刊前年に発生した中学生の自殺も創刊のきっかけとなった。編集方針は創刊以来「当事者視点」。
7,「教育再生」  日本教育再生機構
 「かって日本の教育は、世界から絶賛される高い水準にありました。日本人一人一人の胸の中にある使命感や道徳心がその教育力を支えていたのです。しかし、今や見る影もありません。今こそ教育を真の意味で国民の手にとりもどそう」と主張する日本教育再生機構の機関誌。


余瀝
 この夏、ハンガリーを訪問した。ブダペストでハンガリーのナチと共産党の秘密警察跡、通称「恐怖の舘」を見学した。ここはナチと共産党による拷問等で多くの犠牲者をだした場所である。ここのパンフレットにはナチズム、コミュニズムの2つのテロ(恐怖政治)がハンガリーを襲ったと書かれていた。こうした見方を我々はどうとらえるべきであろうか。
編集 県民図書室 石橋 功