第93号

「労働教育」の実践をはじめよう!
馬鳥 敦

「労働」をテーマとした授業をスタート
 2004年度、当時勤務していた県立高浜高等学校の学年団で「総合的学習の時間」の企画担当となった。この仕事は本当に楽しかったと記憶している。第3学年の総合的学習の時間の授業として、従来から実施してきた地域の皆様を講師にして実施する「市民講座」(12講座)、県行政書士協会の事業を活用した「消費者問題講演会」に加えて、新規の企画として「結婚子育て」、「社会保障・年金」、「防災」、「労働」をテーマとした授業を企画・運営した。
 「労働」をテーマとしての授業は、次のように4時間で展開した。テキストとして、県商工労働部(当時)作成の「2004労働手帳」を取り寄せ、全員に配布した。

○第1時間目「労働基準法って何?」
ワークシート利用。高校生のアルバイトをめぐる○×クイズからはじまって、労働基準法とは労働者の権利を保護するため、労働条件の最低基準を規定した法律であって、アルバイトにも適応することを切り口に、労働契約、最低賃金、労働時間・時間外労働についての学習を展開。

○第2時間目「労働者の権利」
ワークシート利用。アルバイトをめぐる○×クイズからはじまって、労働災害、年次有給休暇、母性保護、育児休業・介護休業制度(家庭と仕事の両立支援)、リストラ(整理解雇)についての学習を展開。
 
○第3時間目 講演会「社会で役立つ!ワークルール」
平塚商工労働センター(当時)から2人の外部講師を招聘した講演会を実施。

○第4時間目 この単元のまとめ。
ワークシートの整理。話し合い。

 はじめての試みであって、こなれない部分もあったが、生徒の反応は悪くなかったこと記憶している。
 特に、アルバイトの職場で実際で起こっている問題点について、各クラスの授業担当者(副担任)と生徒の活発なやり取りが行われたようだ。配布した「2004労働手帳」は、生徒には難解であったようだが、数人の保護者から「私が活用しました」という類の言葉をかけられた記憶がある。学校で実践する労働教育は、労働者である保護者へのアプローチも視野に入れるべきことも大切ではないかということを実感した。

生徒・若者をとりまくきびしい労働環境の中で
 さて、その後日本の労働環境は大きく変動した。2004年には労働者派遣法の適用職種が製造業に拡大され、非正規労働者の割合は増加した。昨年11月に公表された総務省調査によると、日本における非正規労働者の割合は労働者の37.1%に達した。
 現在、「ブラック企業」「ブラックバイト」という言葉に象徴されているよう日本の若者は、きびしい労働環境に投げ込まれている。「若者雇用対策法案」が検討されているが、一方で「アベノミクス」の一環として労働者保護規制の緩和が企図されている。このままでは、ますます若者の労働環境は深刻化されていくことが予測される。このような状況の下、高校生にワークルールをきちんと教えていく労働法教育の環境整備をすすめていくことは、今日的課題であるといえる。

県教委への問題提起
 2015年3月16日、神高教は連合神奈川として、桐谷教育長に「学校における労働教育の推進に関する要請」を行い、以下の4点を要求する交渉・協議を行った。

(1)働く上で必要なワークルールや労働安全衛生、使用者の責任、国際労働機関、経済状況や雇用問題に関する知識を教育活動の中で十分活用できるよう、教員の研修機会を保障すること。
(2)各学校が、労働組合、労働行政、NPO等の外部機関と連携をはかることができるよう条件整備に努めること。
(3)各学校段階で、労働教育を実施する際利用できる神奈川県の実態に根ざした教材を作成すること。
(4)中学や高校卒業者に対して、働く上で必要な最低限のワークルールや困ったときの相談先を書いたリーフレット等を配布すること。

実践的な労働教育の交流の場として
 神高教は、実践的な労働教育の交流の場として、研究者、NPO、行政、労働組合と連携し、「労働教育研究会」を立ち上げ、都高教とともに積極的なとりくみをスタートした。
この研究会は、2014年12月20日に労働教育研究会発足公開シンポジウム「労働教育の実践を進めよう―若者たちの未来のために」を実施した。このシンポジムの内容は、YouTubeで簡単に観ることができるので、ぜひご覧いただきたい。この中では、県立田奈高等学校(当時)の吉田美穂子さんが「生徒の実態をふまえた労働教育」というテーマで実践報告をしている。

立ち遅れる労働教育
 「労働教育研究会」の呼びかけ人の1人である竹信三恵子さんは、『しあわせに働ける社会へ』(岩波ジュニア選書、2012年)という著作をあらわしている。その中で、著者は「最近学校では、『キャリア教育』というものが盛んです。キャリアとは、職歴、仕事の実績という意味です。非正社員が増え、正社員としての就職の門戸が狭まる中で、会社に学生を採用してもらおうと学校も必死です。親たちが子どもの将来に不安を強める中で、就職率の高さを大学選びの指標にする例も増えています。そんな状況に対応するため、子どもたちに自分がどんな職業で身を立てていくか考えさせ、見合った仕事力を養うのが『キャリア教育』です。(中略)『仕事をする力』をつけることは会社も歓迎します。そのため、キャリア教育に力を入れる学校は、近年増えています。一方で、働き手としての権利やルールを学ぶ『労働教育』は普及が遅れています。」(p123)と指摘し、社会で現在普通に生きていくための労働教育の重要性を様々な例を用いて強調している。

県民図書室への期待
 生徒・若者をとりまくきびしい労働環境の中で、高校の教職員が労働教育の重要性を共有し、各学校現場で労働教育を実践していくことはきわめて重要な課題となっている。神奈川県高等学校教育会館県民図書室が、労働教育の実践に関する資料・教材を収集し、各学校現場に労働教育に必要な情報を発信されることを心から期待したい。
(神奈川県高等学校教職員組合執行委員長)

学校図書館は、今・・・今も昔も、日々精進!
池上貴子

 異動するたび、ひときわ緊張を強いられるのが、“図書館常連さん”とのファーストコンタクトだ。
 大ざっぱに分けて、常連さんには、人につく「犬型」と、場所につく「猫型」がいると思っているのだが、自分が「猫型」なせいか、私が勤めていた間の常連さんは基本「猫型」だったように思う。どちらにしても、(「犬型」の人には特に)自分は生徒たちの希望にどれだけ沿えるだろうかと心配になる。
 何をするにも文字通り手探りだった新採用時代、常連さんの活動から何をしていけばいいのか少しずつ学んだ。その他にも多くのことを学ぶのに生徒たちが指針となった。
 その最たるものは「生徒が読みたい本は生徒が知っている」ということだ。
 「何を当たり前のことを」と思うかもしれないが、当時リクエスト制度は今ほど定着していなかった。年に2回の購入希望調査による選定をしていた際、生徒の購入希望をもとに図書委員が直接選んだ本の利用率の高さは目を見張るものがあった。こうした実績あってこそ、選定方法の変更もすすめることができたのだと思う。
 生徒から学ぶのは、もちろんいいことだけでなく、戦いや駆け引きもそうである。最初の2年くらいはおっとりと何でも信じたが、3年目で「?」と思い、裏を読むことを覚えた。ちょっと気づくのが遅かったが、しっかり鍛えてもらったという感じだ。
 異動するたび、そこで出会う生徒たちには様々な種類のことを教えてもらった。
  ・特殊なジャンルの本は、生徒が貸してくれた。
  ・イラストの得意な生徒から、便利な画材と色塗りの技術を習った。
  ・聞いたこともないバンドのおススメ曲を何曲も聞かせてもらった。
  ・ゲームの攻略方法や裏技を教えてもらった。
  ・同人活動の苦労や醍醐味を語ってくれた。
  ・PCで複雑な処理を引き受けてくれた。   などなど…
 役に立つとか立たないとかは関係なく、生徒たちから教えてもらったことから、楽しみを共有し、いろいろな趣味が同居でき、より多くの利用者が違和感なくそこに居られる図書館、(特に蔵書構成において)そうした場を提供したいというのが、私の漠然とした目標になっている。
 今いる学校は工業系の学校で、専門的なものも含めて新たに勉強しなくてはいけないことばかりだ。
 技術・流行… リクエストだけでは捉えきれない生徒たちのニーズを見逃さないよう相変わらず心配の日々を過ごしている。
 常に新陳代謝を繰り返す「生徒」という利用者が、私たちの導き手だ。図書館は、司書が、ではなく、利用者が育てていくのだとしみじみ実感するのである。
(川崎工科高校)

書評と紹介
藤川隆男・後藤敦史編
『アニメで読む世界史2』
山川出版社 2015年1月刊

 本書は、アニメを通じて世界史を学ぶ目的で書かれた本である。前作の『アニメで読む世界史』が、『フランダースの犬』や『アルプスの少女ハイジ』などで有名な「世界名作劇場」を題材に、19世紀のヨーロッパ・アメリカの歴史を描いていたことを考えると、本書で扱う範囲はかなり広がっている。「本当の意味での『世界史』の本になった」と言える。時代は紀元前から日本の高度経済成長期まで。地域もアジア・アフリカ・ヨーロッパ・アメリカ、日本に広がった。扱うアニメも「世界名作劇場」に加えてスタジオジブリ、ディズニーといった、かなり有名な作品が取り上げられている。本書は「最初から読んでいけば、世界史の流れが理解でき」しかも「楽しんで読む」ことを目指したかなり意欲的な本である。(「 」内は本文からの引用。)
 本書の特長はそれだけに止まらない。各章で扱われる11本のアニメそれぞれに、約20ページにも渡る様々な視点からの解説が加えられている。例えば『ターザン』の章では、『ターザン』以外に、続編の『ターザン&ジェーン』『ターザン2』そしてE・R・バロウズによって書かれた原作『類人猿ターザン』など関係するあらゆる作品が取り上げられ、さらには歴史的背景についてもかなり詳しく言及されている。おそらく題材として取り上げられたアニメを見たことがあっても、知らなかった知識を得ることができ、また繰り返し見たくなるに違いない。(私も『ジャングルブック』、『ノートルダムの鐘』など何本かつい見てしまった。)
 本書は以前この欄で紹介された『市民のための世界史』の編集者である大阪大学歴史教育研究会に参加する若手研究者たちによって書かれている。本書で描かれる歴史的叙述は最新の研究成果を反映したものであり、しかも子供に話せば「パパやママすごい!」と尊敬してもらえるようにわかりやすく面白く読めるように書かれている。
 例えば、『アラジン』のランプの精のジーニーの髪型。あれは中国の清を建国した女真族の辮髪である。なぜイスラーム世界を舞台にしたアニメで辮髪が登場するのかと言えば、実はアラジンの舞台が、原作(『千一夜物語』)では中国だからである。映画化する上でほとんど中国らしさは削られたが、彼の辮髪は残ったのである。この様な興味深いエピソードが随所に盛り込まれているのも本書の魅力である。
 世界史を楽しく学ぶ以外の目的が本書にはもう一つある。それは大学での歴史研究のあり方を、大学外(ここではアニメの世界)に広げていくことである。大学外の歴史教育、歴史博物館、歴史文学など歴史にかかわる文化活動をパブリック・ヒストリーと言うが、パブリック・ヒストリーへの関心は最近、特に高まっている。ただその一方で大学での歴史研究は衰退していっているらしい。結果として、資料もろくに確認せずに、ネット上に書かれた説明があたかも事実であるように転載されていくという現象が起きており、従軍慰安婦問題などの問題では、特にそういう傾向が強い。無数の資料を比較し、資料の適否を判断し、蓋然性の高い説明を行う歴史家の力が、パブリック・ヒストリーの場でも発揮されるべきだと考え、編者は本書を作成したのである。
 本書を読むことで、アニメの新たな魅力に気付くと同時に、歴史学の大切さにも気づけるであろう。歴史に関心がある多くの人に、歴史学の入門書としても読んでほしい本である。
(神奈川工業高校 中山拓憲)

藤田和也著
『養護教諭が語る東日本大震災 何を体験し、何を為し、何を果たしたか』
農文協 2015年2月刊

 「ここは海抜○○メートル」の表示を見かけるようになった。3.11の日、学校はどうだったのか、語る機会が少なくなっている。本書は東日本大震災で甚大な被害を被った岩手、宮城、福島の被災地における養護教諭、のべ58名の被災体験とその活動についての語り(証言)の記録である。
Ⅰ.津波被災体験の聴き取り
 多くの学校は避難所となり、保健室はさなが
ら野戦病院と化し、養護教諭は保健の専門家として傷病者のケアをにない、保健室が保健ステーションとして機能していくなかで感染症対策や支援者との連絡調整などコーディネーターの役割を果たしていった。
 このような中で学校が再開され、子どもたちが戻って来る。避難している子どもは元気そうにしながらも保健室の先生に気持ちをもらしている。仮設住宅からチャーターバスで片道1時間、授業が終わるとすぐにバスへ。身体を動かしてたっぷり遊んだり、おしゃべりする時間も友達もいない。家族を失いひとりぼっちの仮設で大人の帰宅を待つ小学生。月日が経つにつれ仕事や収入の見通しがない不安からはじまる両親の喧嘩に胸を痛める中学生。「頑張らなくていいんだよ、つらいときはつらいって言っていいんだよ」と語りかける。「でも先生、頑張らなくなったら全然頑張れなくなりそうなんです」と気持ちを抑え言葉を飲み込む子ども達の苦しみをありのままに受けとめる養護教諭。そして「震災体験を通して成長していく子どもがいとおしい」という。人との関わりの中で育っていく教育の本質をその言葉に見る思いがする。
Ⅱ.原発事故被災体験の聴き取り
 震災の翌日も出勤して「原発が爆発したかどうかもわからないままに12日と14日の2日間に飯舘村の線量の高いところを子ども達の安否確認のために車で一軒一軒回った」福島の養護教諭Dさん、4月22日の学校再開に向け名簿作成に一番必要とされる『健康管理表(緊急連絡先がわかる)』を取りに全職員で防護服(9着しかなかった)やカッパを着て学校に突入したと証言するIさん。
 住み慣れた家には戻れず、理不尽な避難生活を強いられてきた福島では子ども達に「してもらって当然」という被害者意識も生まれ、悲しみと不安に怒りや投げやりな気持ちが加わって、新たな荒れがみられたという。
 「どうせ俺たち被爆してっから」原発事故がもたらす罪の深さに心が痛む。
Ⅲ.養護教諭の被災体験から何を学ぶか
 こころのケアとして養護教諭とカウンセラーがクラスに入って表現活動プログラムに取り組んだ実践で子ども達が気持ちを表現することがうまくできるようになるなど教育活動として手応えを感じるようになったという証言が続く。
 混乱の中でも学校という生活の場を子どもたちに取り戻すことで、こころの安定や回復力を育てたという被災地の報告は教職員として子どもに向き合う、今という日常のかけがえのなさを私たちに諭してくれる。
 本書には、子どもの現実に寄り添って思い悩み、自らの悲しみや悔いを引きずりながらも、子どもの生活環境を整える役割を担い、子どもの成長に喜びを見いだしていく養護教諭の姿がある。著者による共感的な聴き取りは“その時”と“今”を引きだしながら、養護教諭としての職責と新たな希望の芽を育てているのだと思う。
 多くの方に本書の一読を願う。
 最後に、著者の藤田和也氏は長年に渡り神奈川県教科研養護教諭部会研究の指導助言者をつとめ、私たち高校の養護教諭を励ましてくださる存在であることも合わせて紹介する。
(港北高校 養護教諭 児玉智子)

映画時評
北野武監督「隆三と七人の子分たち」

 北野たけしの映画は、デビュー作「その男、凶暴につき」を皮切りにけっこう観たのだが、そう好きにはなれなかった。海外からの評判は高いが、私は彼が執拗に描く暴力に意味を感じなく、映画としての厚みがないように思っていた。最近亡くなった菅原文太主演の「仁義なき戦い」と比べても、暴力の必然性がまったく分からず、いわば思想性のない暴力が落書きされただけの映画だと感じていた。高倉健の任侠映画は、全共闘時代のノンセクト・ラジカルにアイデンティティを与え、菅原文太主演の多くのやくざ映画は、内ゲバのように無意味に人が殺害されて、時代を写していた。
 北野アウトロー映画に厚みを感じないのは、いわば暴力表現における思想性の欠如と感じていた。誤解のないように言っておくが、私は暴力には反対である。しかし、暴力的なものがすべて剥ぎ取られた真空の状態も、ウソの世界のように思う。個々の倫理的な側面では暴力の否定が言われているのに、国家レベルでの暴力は拡散している。建前と本音がさらに距離を拡げながら、国家が暴力性を肥大化させている時代だからこそ、そうした暴力のあり方を問うてほしいのだ。
 北野武は漫才師であったはずだ。人を笑わせるのが仕事だったはずだ。なのに、観客の眉間に皺を寄せさせるだけの映画を作ってどうすると、毒づきたくなるのは必然だろう。
 しかし、とうとう北野は、喜劇を作った。それが「隆三と七人の子分たち」である。暴力と笑いがうまく混在したイケてる映画であった。出演者はみんなジジイである。しかし、ちょっと格好がいい。主演は藤竜也だ。彼と松田英子が主演した大島渚監督「愛のコリーダ」からもう40年も経ってしまったが、相変わらず魅力的だ。加えて、近藤正臣や中尾彬や小野寺昭など存在感溢れる役者が脇を固める。
 映画のストーリーは単純で、藤竜也演じる元やくざの隆三が、暴走族上がりの京浜連合の若い奴らにオレオレ詐欺でだまされる。それを知った元やくざの仲間たちが結集し、京浜連合に一泡吹かせるというものである。元やくざたちは皆ヨボヨボでどこか滑稽だが、義理人情を大切に生きる。そのやくざたちは、煙たがられても蔑まれても、好々爺などにならずに、自分を生きる。それが何とも格好がいい。 
 かなり笑える映画をやっと北野は撮ってくれた。
 京浜連合をやっつけた隆三と子分たちは、しかし、逮捕されてしまう。けっして、ハッピーエンドではない。いつまでも危険なジジイたちだったのだ。
 新聞を読んでいたら「年寄りよ、不良になれ」というタイトルで、北野武のインタビュー記事が掲載されていた。肩書きもない不良のジイさんがたくさん出てくる映画を作ったということである。北野は年寄りが弱い者扱いにされ、可哀想などと思われたらダメで、そうなると「年寄りはペットみたいになっちゃうよ」と言う。要するにもっと不良になって吠えろということである。この映画には不良のジジイたちが確かに吠え、暴れていた。
 すでに高校を退職した自らを振り返って、社会性がなくなり我が儘しか言わないジジイになるのは嫌だなと思いながらも、年とともに物わかりがよくなっていくのもどうかなと考えさせられた映画だった。
 ところで、当紙を読まれている方の多くは組員であるはずだ(組合員ともいうらしい)。「学校は変容した」とばかり言わないで、ここら辺りでその変容した学校に義理と人情を取りもどすべく、立ち上がってほしい。組員が50%を切ったらヤバイよ。などと書くと、『ねざす』に映画評を書いていないかと思ったら、こんなところで息巻いて、と思し召しの読者にひとこと。ジジイは神出鬼没です。
(教育研究所特別研究員 手島 純)

百校計画の記録-中沢高校
百校計画から前期再編まで
 1973年度から1987年度まで100校の県立高校が建設された。県立高校65校が15年間で165校と増えたのである。その100校の内72校が全学年36学級規模の過大校であった。県教委は91%の全日制高校進学率を維持するため、1983年度から既設校を中心に学級定員増と臨時学級増を導入した。第二次ベビーブームのピークは1989年度で1990年度から学区によって異なるものの生徒の急減期が始まる。それまでは新設校ができるたびに学区内の順位が入れ替わっていたが、急減期以後は学校間格差が固定する傾向が生まれた。神高教は下位に位置付けられた高校を課題集中校と呼び1991年から対策会議を招集し「課題集中校からの教育改革」を掲げて対県交渉を組織した(注)。ところが1999年8月には県教委が前期再編計画を発表する。そして多くの課題集中校が二校統合され総合学科高校や単位制普通科高校に再編されることになる。
過大校化の荒波の中で
 私が中沢高校に赴任したのは1987年度であり創立10周年記念の年であった。中沢高校は旧横浜中部学区で1977年度に開校されたが、校地の基礎工事が遅れて1学年4学級規模のプレハブ校舎時代が3年間も続いた。1980年4月に校舎の一部が完成して新校舎に移転、1981年3月校舎落成後2年間は6学級募集となり、1983年度に12学級を受け入れ始め一挙に2倍の24学級になる。1985年度に全学年36学級規模校となり、1989年度まで過大校時代が続く。私が着任した時期は学区内の中堅校と目されていて、プレハブ校舎時代の、教員も生徒も顔と名前が一致する中で培われた良い伝統が息づいていた。生徒の自主性の尊重と個性の伸長を促すシステムが教科指導でもその他の指導でも行われていたが、生徒の学力の幅が拡大し何よりもふくれあがる生徒増に対応することが難しくなっていた。
急減期の改革から再編校へ
 1990年度の14期生から10学級募集となったが、問題行動が多発した年でカリキュラム検討委員会が「需給表付属資料」を作成し、翌年からは課題集中校対策会議にも参加して定数加配や非常勤講師時数増を要求することになる。以後募集学級数は減るが、生活指導面で困難を抱える生徒が減ることはなく、教科指導以外の謹慎指導や立ち番・見廻りなどの負担は増えていく。小集団学習、履修と修得の分離、多クラス展開さらには中学校訪問、地区懇談会開催などの改革を推進した(注)。1999年8月に突如、都岡高校と統合され単位制普通科高校への再編指定校となり12月には新校準備委員会が発足する。中沢高校の従来の改革に加え2学期制の導入、90分授業、7つの系とそれにあわせた選択科目の設置を決定、それらの先導的試行を進めることになる。2002年度入学生と2003年度入学生は中沢高校26期生、27期生であると同時に新校1期生、2期生でもあり、都岡高校との合同の行事を工夫した。2004年度に横浜旭陵高校として再出発したが、私は17年間の中沢高校勤務を終え転勤した。
 注:詳細は課題集中校プロジェクトチーム編「学校づくり最前線」1997年3月刊を参照のこと
(神高教シニア運動代表 三橋正俊)

県民図書室を利用しよう
 高校教育会館の地下1階県民図書室は教育・労働に関する資料、図書、反戦平和のフィルム等を収集してきました。
 下記のような新刊本、雑誌も購入しています(もちろん書評で取り上げた本を含む)。
 ご来館をお待ちしています。

新刊図書
「21世紀の資本」
 格差は長期的にはどのように変化してきたのか?資本の蓄積と分配は何によって決定づけられているのか?所得格差と経済成長は今後どうなるのか?18世紀にまでさかのぼる詳細なデータと、明晰な理論によって、これらの重要問題を解き明かす。
 格差をめぐる議論に大変革をもたらしつつある、世界的ベストセラー。
「帝国の慰安婦」
 性奴隷か売春婦か、強制連行か自発的か、異なるイメージで真っ向から対立する慰安婦問題は、解決の糸口が見えないままだ。大日本帝国植民地の女性として帝国軍人を慰安し続けた高齢の元朝鮮人慰安婦たちのために、日韓はいまどうすべきか。
 元慰安婦たちの証言を丹念に拾い、慰安婦問題で対立する両者の主張の矛盾を突くいっぽう、「帝国」下の女性という普遍的な論点を指摘する。
「アメリカにおける公教育としての職業教育の成立」
 これまで日本では学校教育において職業教育が軽視されてきたが、政策レベルにおいて、職業教育の必要性を強調する中教審答申と、公共職業訓練や専門高校の縮小傾向という相矛盾する状況が見られる。
 そうした問題意識から、1906年からの職業教育運動の展開、1917年のスミス・ヒューズ法制定によるアメリカにおける公教育としての職業教育成立の教育史的意義を、職業教育の公共性という観点から解明していく。

最近の雑誌記事より
 県民図書室で定期購読入している雑誌を紹介します。これらの雑誌は県民図書室前の廊下の書架に並んでいます。ぜひ手にとってご覧下さい。

☆『季刊フォーラム 教育と文化』(国民教育文化総合研究所)
☆『くらしと教育をつなぐ We』(フェミックス)
☆ 教育科学研究会編集『教育』(かもがわ出版)
☆ 日本教育学会 『季刊 教育学研究』
☆ 季刊教育法(エイデル研究所)
☆ POSSE(NPO法人POSSE)
☆『学校図書館』(全国学校図書協議会)
☆『教育再生』(日本教育再生機構)
☆『季刊 人間と教育』(旬報社)
☆『家族で楽しむ 子ども農業雑誌 のらのら』(2014年秋号 農文協)
☆『DAYS JAPAN』(発行編集:広河隆一)
☆『世界』(岩波書店)
☆『切り抜き情報誌 女性情報』(パド・ウイメンズオフィス)
☆ 月刊 高校教育

余瀝
 高校教育会館図書室も様々な変化が強いられる状況になっております。せっかくの施設、成果があまり利用されないのはもったいないことです。何か意見・提案がありましたら教えていただければ幸いです。
編集 県民図書室 石橋 功