第104号

共同時空第104号(2020年2月号発行)

Contents(ページ番号をクリックすると記事に飛びます)


1面:そして、学校図書館で働くということ(松田ユリ子)
2-3面:ふじだなの本棚からvol.7「ある日、分会が消えてなくなった!―60年前の神高教―」(綿引光友)
4面-1:国際バカロレア教育と学校図書館(伊藤佐保里)
4面-2:雑誌紹介:『不登校新聞』



1面

そして、学校図書館で働くということ。

神奈川県立新羽高等学校 松田ユリ子

公共図書館の司書になりたかった。念願の司書として採用されるも、最初に配属されたのは学校だった。それで、自動的に「学校司書」になった。同時に「少数職種」に括られた。少数派の中でもたった1人の職であることに加えて、教育職でないことが、二重に立場を弱くしている学校司書の現実と、司書アイデンティティのギャップに当初は苦しんだ。専門性が違うだけなのに、理不尽だと思った。今思えば、当時はその「専門性」について何も分かっていなかったし、実践も無いのだから、発言力が弱いのは当たり前なのだが、そういうことすら教えてくれる人はいなかったのだ。公共図書館の司書は当然のこと、文化が違う他校の学校司書とも悩みのツボが違っていた。学校図書館は、学校でも図書館でも周縁に置かれ、私はパーティの壁の花のように孤独だった。

でも、生徒たちが居た。最初から居た。いつも居る。打てば響くし、面白そうなことを即座に嗅ぎつける鋭い繊細な嗅覚の持ち主がたくさん。生徒たちに、生徒に向き合って仕事をすればいいことを教わった。それから、一人ひとりの生徒に向き合って、彼らの話を辛抱強く聴く教職員がいた。そういう教職員は、どこの学校にも必ず居る。でも、たくさんは居ない。その少数派の教職員は、大抵学校図書館に親和的だった。生徒との関係性のスタンスが近い。教科書以外の資料の価値を知っている。探究的な方法を授業に取り入れようとするだけでなく、生徒が確実に学べるよう学校司書という資源も当たり前に使う。 生徒たちやそうしたいわば「生徒中心主義」的な教職員との出会いを通して、学校図書館が誰の何のための機関なのか確信が持てるようになった。学校図書館は、生徒が学校教育を相対化するための装置だ。生徒が教科書で学んだ知識を相対化し、応用し、自分の生活につなげて発展させるために、学校図書館はある。

そして、高校の学校文化における中心と周縁が、教育職/教育職以外だけの単純なものではなく、複雑にグラデーションがある相対的なものであることも見えてきた。授業や評価をする/しない、担任/それ以外、主要教科担当(専門高校では、専門教科担当)/それ以外、男性/それ以外、正規/それ以外、その学校に長い/長くないなど、個々人の能力や資質とは関わりない、多くの場合数の多寡という恣意的な線引きによって、周縁は常につくられる。大人の間だけではない。生徒のための学校であるはずなのに、生徒が最も周縁化されている。実際、彼らが学校運営や授業の進め方に関して意見を述べる場は無い。「総合的な学習の時間」が新設されて20年以上が経過した現在でも、大半の授業は相変わらず「教師中心主義」的なものだし、生徒会および生徒総会は形骸化して久しい。「生徒による授業評価」?笑っちゃうような代物だ。最も深刻なのは、大人の指導に乗らない、もとい乗れない生徒たちが、学校の周縁から降り落とされていく現実だ。

問答無用で周縁に置かれたからこそ、見えるものがあった。生徒たちの中でもとりわけ周縁化されがちな生徒たちが、アプローチしてき易い立場になれた。よりフレキシブルに個々の生徒に対応することができた。もちろん、学校図書館が学校教育の周縁に置かれ続けることを良しとしているわけではない。大人に従う子どもではなく、自分の頭で考えられる子どもを育てないとヤバイという焦りは日毎に強まっている。情報メディアリテラシーを学ぶカリキュラムがどこの学校でも当たり前になる日を夢見ているし、学校図書館に常駐する専門職は教育職が望ましい。ただ、今は現状を嘆くよりも、周縁からの視点を活かして出来ることをしたい。せめて、どんな生徒も学校に来るのが楽しくなるような学校図書館をつくる。それに、周縁はフロンティアでもある。最新のサブカルも、教育理論も、生徒の表情の変化もいち早く入ってくる最前線から、状況を、情報を、「中心」に伝え続けること。周縁からの働きかけは、いつか必ず中心を曖昧にし、変化をもたらすはずだ。

(まつだ ゆりこ)

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2-3面

ふじだなの本棚からvol.7

ある日、分会が消えてなくなった!―60年前の神高教―

(※太字は県民図書室所蔵資料)

■はじめに

「高校神奈川」668号(2020.5.1)紙上に、馬鳥敦前委員長の退任挨拶が掲載されている。馬鳥さんは、22年に及ぶ執行部経験を振り返り、次のように述べる。「神高教は1960年、当時の県教委によって組織分裂攻撃を受け、100%組織がわずか数年間で50%を割った経験を持っています。その後、神高教運動に誇りをもつ先輩方のねばり強いとりくみによって再建され、現在にいたっています。『第二組合』は消滅しました」と。 1960年といえば、いうまでもなく「60年安保闘争」の年だが、この年誕生の組合員は今春、来春に定年を迎える。ということは、現役組合員の方々は組織分裂とか「第二組合」とか聞いても恐らくピンと来ないだろう。馬鳥さんが神高教に加入した当時の委員長は小室実さん(84年2月逝去。享年55歳)。小室さんは29年間も執行部にいて、“神高教・冬の時代”の中で、神高教の組織再建にあたったレジェンドだ。その小室さんを知る最後の執行部が馬鳥さんだった。 今や「高校組織では全国1位」(同上)を誇る神高教だが、60年前、組織分裂攻撃を受け、組合の存続が危ぶまれるような事態に追い込まれた。2冊の年史などを中心に、神高教の60年前の組合事情を紹介する。

■校長から「第二組合」に誘われた!

60年安保闘争後の63年、教員になったIさんは、4月早々、他の新転任者とともに校長室に集められた。「みんなお付き合いでこれに入るのだ」と校長に言われ、署名・捺印のうえ「組合」に入った。ところがこの高校に神高教分会はなく、校長にいわれるままに「第二組合」(神高連。「第二」と略記)に全員が加入させられた。その後Iさんは、やっとの思いで「第二」を抜けたが、なかなか担任にはさせてもらえなかったという。 この話は、『神高教50年史』(2000年刊)のコラム(84ページ下段)に書いてある。 当時、あの手この手を使って「第二」からの勧誘が行われた。管理職からの「誘い」も公然とあった。県央のある高校では、突然、職員打ち合わせに「第二」の役員が現れ、「第一組合はアカである」と述べたうえで、加入を勧めた。「神高教を脱退しなければ、配転させるぞ!」と脅す校長もいた。 どこで住所を調べたのか、新採用教員の自宅宛てに「第二」から「みどりの組合ニュース」が送られて来ることもあった。「第二」の人たちは、「神高教にいても将来はないよ」と言って、組合加入を勧めることも多かった。「第二」にいれば、昇進や特別昇給などで有利になるという意味のようだ。 『50年史』には「若い組合員が聞く神高教の軌跡」(60~77ページ)という座談会が掲載されているが、「冬の時代」のことが生々しく語られている。座談会の司会役は、当時、書記次長の馬鳥さんが務めていた。

■「忖度」の漢字が読めなかった!

『50年史』は神高教のHP上からPDFで読めるので、お試しを。さらには、分裂時代のことが詳しく書かれている『神高教30年史』(82年刊)との併読をお勧めする。 『30年史』は7年がかりで編纂された労作である。小室委員長が巻頭で、「闘い且つよく耐えた人々の生の声を収め、運動を支えた組合員の思い出や執行部の苦労を集め」た、「神高教の大きな財産」と書いている。新採2年目に分代となった馬鳥さんは、すぐに『30年史』を購入し、読んだそうだ。 「座談会:『冬の時代』に耐えて」(116~129ページ)と「分裂攻撃から組織再建へ」(142~151ページ)を読めば、「冬の時代」の神高教のことがよくわかる。とりわけ、後者に掲載されている9分会からの現場レポートは、凄まじい組合つぶしから立ち上がり、分会を再建した先輩組合員の苦闘ぶりが描かれており、感涙ものである。 なかでも、分会再建まで10年を要した、江南分会長執筆の「追従と忖度の職場から」(149~150ページ)は圧巻である。当時、筆者は表題の「忖度」が読めなかったし、その意味もわからなかった。今日、「忖度」は流行語になっている程だから、読めない人はいないだろう。分会再建を報じる「情報」1111号(70.11.7)には「正しい理念と実践の勝利」との見出しが掲げられている。 後刻、元分会長さんから直接、当時の話を聞く機会があった。教職員がバラバラに分断され、疑心暗鬼と追従に支配された10年を「悪夢」だったとしたうえで、「組合の一員として歩むことは、人間生存の原点だ」と語った。苦難を克服した人だからこそ言える、この重たいことばに、胸が熱くなった。

■「神高教は3カ月で潰してみせる!」

「神高教組織資料」(66年11月)に掲載されている組合組織実体表(同年10月10日現在)を見てみよう。58校中、神高教分会がない高校が9校。一覧表から筆者が組織率を計算したが、神高教の組織率は63.5%。分会別にみると、新城5.7%(63年新設)、厚木9.4%、伊勢原13.2%(60年分裂)、大和13.2%(63年新設)、平塚技14.3%(63年新設)だった。一方、「第二」(64年、県立高教組と改称)の組織率が高い学校は、山北88.4%、江南82.0%、川和80.1%(63年新設)、相模原75.0%(64年新設)、新城71.7%(63年新設)が「ベスト5」。新城以外の4校には神高教組織が存在せず、山北・江南では神高教分会が消滅していた。 『30年史』には、61年秋、神高教の組合員数が「1,500名を割った」とある。しかし、当時の執行部のひとりによれば、「1,000人を切っていた」(高校教育会館県民図書室編『戦中・戦後 神奈川の教育事情を聞く』2001年刊)との証言が紹介されている。「押売りと執行部お断り」と玄関に貼り紙を掲示する学校もあった(『30年史』)。 60年4月、「黒いジェット機」と呼ばれた特命人事担当副参事制の発足とともに、小室書記長をはじめ執行部や分会役員10数名に対する不当配転が強行された。ある県教委幹部は「3カ月で神高教を崩壊させる」「いやになるほど飛ばしてみせる」と豪語していた(副参事制は63年12月に廃止)。

■おわりに

「戦後75年」、戦争体験の継承が難しくなっている。60年前、神高教に向けられた分裂攻撃や「第二組合」との軋轢などを直接、知る組合員は皆無となった今、こうした歴史を今後に継承する取り組みが必要ではなかろうか。『30年史』、『50年史』の残部が会館書庫にあるので、希望する組合員には無料で進呈するとのこと。組合本部に連絡を。 今回は不当人事と神高教の10数年にわたる闘いについて、ほとんど触れることができなかった。他日を期したい。

| 文責 綿引光友 |

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4-1面

国際バカロレア教育と学校図書館

伊藤佐保里

2019年2月、横浜国際高校は、神奈川県内の公立高校として初めて「国際バカロレア(IB)校」の認定を受けました。『Guidelines for DP Libraries(国際バカロレア ディプロマプログラムにおける図書館ガイドライン)』の冒頭には、「図書館は、教育課程を効果的に支えるものである。司書は、教科担当教員やカリキュラム担当者としっかり連携すること」と記されています。IB教育を導入するにあたって、学校図書館および司書に求められる役割は非常に大きく、司書と教科担当教員が、授業計画の時点から協働し準備を進めることは、単に知識を得ることにとどまらない〔学び方を学ぶ〕授業へと繋がっていきます。 ガイドラインを頼りに、以下のことに取り組みました。

■ オンラインデータベースの充実
海外学術情報や辞書・事典の最新情報に自由にアクセス出来る環境を作る。学びが深まり、質の高い論文作成につながる。
■ 図書館レイアウトの変更
議論や指導が出来るグループワークスペースの設置。静かに学習をするサイレントスペースとゆったりとくつろげるブラウジングスペースの住み分け。
■ 外国語図書の整備
第2言語としての英語の習得に必要な、速読用図書を図書館資料として多数受け入れ。
■ 情報リテラシー・リサーチスキルアップの支援
EE(課題論文)ハンドブックに「文献の種類と探し方」「おすすめWebサイトガイド」「参考文献の書き方」等を執筆。学問的誠実性に関する生徒指導用スライド作成。

IB教育では、生徒が主体的かつ自由に図書館利用が行えるかを重視しており、電子リソース導入およびPC環境の整備が認定に向けて必須であることが、ガイドラインに明記されています。司書の役割についても「学校全体の情報リテラシースキルを育む中心的立場」という位置づけで、荷が重いと感じる部分もありましたが、反応の良い生徒や先生方のお陰で、図書館活性化の大きなチャンスととらえて取り組むことが出来ました。 IB教育が目指す探究型学習は、主体的、対話的で深い学びをうたった新学習指導要領と方向性が一致しており、これがIB校のみに留まらず、全校標準となれば、日本の学校図書館は大きく進化するのではないかと感じています。

(いとう・さほり 県立横浜国際高等学校)

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4-2面

雑誌紹介:『不登校新聞』

全国不登校新聞社発行 毎月1日、15日発行

不登校新聞とは

『不登校新聞』は1998年に創刊された、「不登校の情報・交流紙。不登校を原点としながら、広く子どもに関わる問題や社会の在り方について考えたい、という市民らで創刊した」新聞。 不登校新聞のバックナンバーを机の上に広げると、「普通の」学校文化になじんできた私のような者にとっては異世界が広がるような、不思議な感覚になる。

不登校の子どもの権利宣言

2009年全国子ども交流合宿「ぱおぱお」で発表された不登校の子どもの権利宣言に接したとき、特に強く異世界を感じた。「おとなは学校に行くことが当たり前だという考えを子どもに押し付けないでほしい」「おとなは私たちのプライバシーを侵害してはならない。例えば学校に行くよう説得するために教師が家に勝手に押しかけてくることや、時間に関係なくなんども電話をかけてくること」等々

異世界だったことが当たり前に

しかし不登校新聞で書かれていたことは次第に「あたりまえのこと」になりつつある。世間がこの新聞の世界に追い付いてきたのである。文部科学省は不登校支援の基本的な考え方を改め、「児童生徒によっては、不登校の時期が休養や自分を見つめなおす等の積極的な意味を持つ」とも書くようになった(不登校新聞521号)。 学校になじめばなじむほど堅くなっていく「枠」を緩めるツールとして読んでみることをお勧めしたい。

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『共同時空』第104号(2020年9月発行) 神奈川県高等学校教育会館県民図書室 cropped-sitelogo-1.gif

発行人:畠山幸子
編集:永田裕之
印刷:神奈川県高等学校教育会館
デザイン:冨貴大介
発行:神奈川県高等学校教育会館県民図書室

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